昭和2年開園当初の川内幼稚園戦火を逃れて保管された貴重な資料です。


落成式 昭和3年5月27日 (園舎内)


開園当初の教職員。普段も和服でした。
後ろの背広姿の男性が当時の園長。
とてもハイカラな人だったようです


真光寺の横に建てられた園舎。
 第二次世界大戦で焼失しました。



有島武郎をはじめとする芸術三兄弟と言われている兄弟の父、有島武は川内市平佐町の出身。
 その親戚筋の実業家有島健助は幼稚園設立に
多大な援助を下さったと伝えられています。
多分、写真左の方だと思われますが、当時を
語れる人はもういません。


 

第1期生 (昭和2年度)

正装の園長と園児達 (昭和3年)
 

昭和4年度には制服が導入されました。昭和初期にこのような制服は珍しく、園児達の家庭環境の良さを物語っています。今で言うハイソな家庭しか幼稚園に通わせることのなかった時代です。
事実、この頃に膨大な写真撮影すること自体が珍しかったのです。串木野市から汽車通園した園児もいたとのことです。

 

秋の運動会(昭和4年)

 当時は珍しい蓄音機の寄付を受け、子ども達に音楽を聴かせています。
蓄音機の側に立つ女性が当時の園長夫人。

昭和7年のお遊戯会

優良児検査。
 園児だけではなく、地区の子ども達に実施された今で言う健康診断。幼稚園が会場になっています。(昭和5年)

 



現園長(押野典生)の年長時代
 (昭和34年

  戦争色が濃くなって来た頃の撮影。